記録 自分用

感じたことや考えたことを書いていきたい。

(諸子)百家繚乱/「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち(中国編)」

前回に続いて今度は中国編。

流れとしては中国文明最初の王たち→孔子墨子(兼愛)→孟子荀子韓非子老子荘子。しかし最後の2人以外は哲学というより各人の考えかた紹介に近い。

なんで最初に中国の初期の歴史について解説しているんだろうと思ったら、諸子百家が出現する契機の紹介という意味の他に、儒家がけっこう堯王とか舜王らの政治を理想としていたからということだった。そういえばそうだったね。

個人的には春秋と戦国時代の違いを周王への敬意の有無と習った覚えがあったので、その意味するところを具体的に知ることができてよかった。宗教的権威を持つ周王に従ってその周辺で奪い合うか、周王も巻き込んで奪い合うかの違いというところだろうか。

以下個別評。

孔子

世界4大聖人のひとりらしい。他はイエス、釈迦、ソクラテス。聖人なのか?

さっぱりと仁と礼について解説した後、生涯不遇であった彼がどうしてこんなにも有名になれたのかということが書いてあった。主張自体は特に目新しさはなかったものの、結局は彼自身の情熱が彼を後世有名にしたということらしい。なんか聞いたことあるなと思ったらソクラテスだ。この類似性は本書でも言及されていて、弟子2人の方向性まで似ているという指摘に納得した。

思想については特筆するようなことはない。

墨子

無差別の愛(兼愛)の人。思想については特に面白くもなんともないが、彼とその仲間たちの生き方は興味深い。全てを愛するあまり、弱き者を助けるようになり、その延長で攻め入られている弱小国を支援する傭兵のようなことをやっていたそうな。しかもかなりガチの。有言実行の鑑みたいな人だ。

あと孔子への批判として、仁とか礼とかいうけど結局親やその周辺にしか敬意を向けてないじゃんというようなことを言っていたが、これは結局最後まで儒家側から回答を得ていないように思われる。

孟子荀子

それぞれ性善説性悪説の人。ソクラテスでいうプラトンアリストテレスにあたる人たち。孟子についての言及は本書ではほとんどなくて、逸話を紹介する程度であった荀子も現実主義的だということ以外はほとんど法家について話す枕として出てきた感がある。まあ彼の平等への現実的な不信感はかなりその通りだと思う。

韓非子

法家の第一人者。不遇な人生をおくった。

法家の考え方は現実的で受け入れやすかった。特に荀子と法家の違いに関する記述は読む価値があり、法は刑罰をもって相手に行動を強制するという点で礼とは違うとのことだった。荀子の礼よりもっと現実的になっている。こう聞くと国家による暴力の独占という話を思い出すが、言わんとしていることは近いだろう。その他の違いとして、古代の王を理想としない点や仁を重視しない点などがある。

驚いたのはこの人の思想は単に法家としてだけではなく、富国強兵マニュアル的な側面を持っていたという点。たしかに言われてみれば法の考え方は富国強兵にはもってこいだし、彼の現実主義的側面も大いに役立っただろう。

老子

この章の哲学要員。釈迦たちインド組とは違い、悟りの境地をズバッと書物に(嫌々ながらも)遺している。そして悟りの境地のその後まで書いてくれている。問題はそれがなかなか理解しにくい点。

さてその彼の思想として、無為自然というものが大事になってくる。自分自身がなにもしなくても身体が半自動的に動いてくれる、もっと言えば自分自身でなにかやっているつもりでも、それは身体が勝手に動いただけで「自分自身」はただそれを見ているだけにすぎないというのをふまえたうえで、自分自身が動いているという思い込みを捨て、あるがままにまかせるというのが無為自然の境地とのこと。これは「我(アートマン)」のところで考えた映画と観客の例えに近いところがある。そしてその思い込みを捨て、脱力しきった生き方をすることで水のように柔らかく生きていくこそで最強になる。また分別智を捨てた先にある天地よりも先に存在した(人間が勝手に天と地を分ける前の)混沌したものを道(タオ)とした。

荘子

この章の哲学要員その2。老子の思想をめちゃわかりやすく書いた人。ていうか東洋哲学をめっちゃわかりやすく説明した人である。個人的に以下の文がとてもよく表していると思う。

『古の人が到達した素晴らしい境地がある。「物はない」とするのが最高の境地であり、その次が「物はあるが、そこに境界を設けない」という境地である。その次は、「物と物の境界があるが善悪などの価値判断による是非がない」という境地である。価値判断による是非を行うことが、道(タオ)が失われる要員なのである。』

世界とは本来混沌でどろどろの海であり、そこに勝手に境界を引いたのは人間であるという考え方はインドと中国を貫く思想であるようだ。

胡蝶の夢とか朝三暮四なんかの寓話でも有名だが、東洋哲学を知ってからその話を聞くとまた違った気分になれる。

 

そしてインドのときと同じ感想として、また「東へ!」って言いたいがために(ry

ていうか失われた理由のところに文化大革命などの徹底的な弾圧って書いてあるけど、ここまで時代が違うと笑う。実際は文化大革命が読者にとって一番わかりやすい弾圧の例だからこの言葉を使ったんだろうけど、さすがにみんなあれ?って思うんじゃないかな。時の王朝が全時代の思想を否定することは中国の歴史を通して頻発したんだから、そこらへんの事象を具体例に衰退の理由を書けばよかったのにと思ってしまう。